[覚書4]
柳亮の『近代絵画の百年』(美術出版社, 1951.9.20)は、1939年の山中散生「ベルメエルの人形幻想」(「アトリエ」第16巻第11号)と戦後の瀧口修造、澁澤龍彦らの評論を繋ぐ戦後最初期の文献である。刊行は太平洋戦争終戦からわずか6年後。当時の定価で2100円という高額の書籍である。98ページに人形オブジェ(「ボールの接合點」)の写真、99ページに以下の記述がある。
又その隣の「ボールの接合點」の方は「オブジェ」から引き出された彫刻、正確に言えばマネキンの胴トルソであって、作者のハンス・ベルメールはドイツ人、寫眞家兼オブジェ用の人形マネキン作家として知られている。ともにダリの亞流で所謂「偏執狂」パラノイヤック的傾向が強く、そのサディズム的嗜好はあまり愉快なものではない。 (P.99)
ここで注目すべき点は、以下の2点である。
第1点については、本書以前にも山中散生がベルメールを写真家として扱って論じている。したがって、1984年刊行の『ハンス・ベルメール写真集』(リブロポート)の序文で澁澤龍彦が以下の様に述べたことをそのまま受け入れることはできない。
なるほど、これまでにも私たちはベルメールの人形の写真をよく眺めてきた。彼がみずから人形の写真を撮ることをよく知ってはいた。しかしその写真を、どちらかといえば私たちは彼の人形を知るための手段として解してきたような気がするのであり、写真それ自体として眺めてこなかったような気がするのである。これは私たちだけでなく、フランスその他でも同じことで、ベルメールを論じる人は多くいても、写真家という視点から論じたひとはまだ一人もいないのではあるまいか。 (「写真家ベルメール 序にかえて」)
澁澤の言葉を真に受けてしまうと、それまでの日本におけるベルメール像を倒錯して捉えてしまうことになる。澁澤以前、日本においてベルメールは既に「写真家」であったのだ。また、澁澤は彼の人形論の流れの中でベルメールを論じたが、少なくとも柳はベルメールの人形をあくまでもシュルレアリスム的「オブジェ」の延長線上に捉えている。これは澁澤のベルメール論とは全く異なる視点である。
第2点については、ベルメールをダリの亜流とまで言うのは乱暴すぎるが、一方ではベルメールのある一面を指摘していると言える。最近のベルメール論の多くは、例えば「身体(肉体)のアナグラム」のような標語でベルメール作品を捉える傾向が強いが、それ一辺倒ではベルメール芸術の重層的な様相を把握することは困難だと思う。ベルメールの版画やドローイングの幾つかには、明らかにダリに類似した「偏執狂的」なイマジネーションの展開の仕方が見られる。ただし、ベルメールの特徴は彼が専ら性愛的なオブセッションを原動力としている点にある。これまで、ダリとベルメールの類似を印象批評的に指摘した文章はあったが、その類似点と相違点を主題として詳細に研究した例は見当たらない。
いもじな日々 2006-07-15 (転載にあたり一部表現を修正)