[覚書3]
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古い洋館に棲む少女とその分身による謎めいた生と死の無言劇。それを演じるのは人形である。幼い身体。あどけない口元。そして、絶望的なまでの孤独と闇を抱え込みながら、それでも、<存在>への強靱な意志を示すその眼。その残酷さと、それに重なり合う切なさ。 ...かつて、これほどまでに深く複雑な精神を具体的な表現として人形に与えた作家はいただろうか? |
自らの精神の内奥から生まれ出る物語を人形たちに演じさせる。しかも、言葉による説明も台詞もない無言劇として...。 このような途方もない考えが彼女の脳裏に宿ったのは何時のことなのだろうか。
緋衣汝香優理の作品"DEJA-VU"は、いわばその無言劇のスティル写真集である。これらの写真は彼女の1999年の個展(1)で発表され、その後、その個展の内容を撮影した映像( 内野進)とピアノ曲(永井幽蘭)から成るコラボレート作品としてCD-ROM写真集 "DEJA-VU"(2)がリリースされた(下図)。
このCD-ROM写真集の前半では、水の流れるような音を背景に、個展の会場の様子とそこに展示された「主人公」の少女人形が映し出される。ドラマの最後の場面を再現するように椅子に脚を組んで腰掛ける少女。カメラはその姿を様々なアングルから撮していく。
そして、この作品の半分の時間が過ぎた頃、美しいピアノ曲と共に無言劇のスライドショーが開始する。
古びた洋館。そこに独りで住む少女の孤独。そして鏡の中から現れる彼女の分身。それはこの少女の<タナトス>なのだろうか? その羨望と敵意。葛藤。そして、最後に訪れる破局。 ...言葉による説明を与えられないまま、この美しい悪夢のような物語は終わる。
緋衣汝香優理は次のように述べる(3)。
長きに渡って描き続けて来た此の物語に漸く終止符を打つに至った。
始めは暈りと浮かんだ幻影の様なものだったが其れ等が内面的な出来事と符合し形に成ってゆくにはそれなりに時間もかかった。
が、其れだけでは無く実際問題として頭に描かれたイメージを具現する為に是非にも必要だった多関節ボディの制作に非常に時間がかかったのである。撮影を前提として居る為、軽さと丈夫さが必要で、技法を変えるのに試行錯誤を繰り返し、此処に至る。
ここで彼女は敢えて触れていないのだろうが、むしろこの作品の成否は人形の顔の造形表現に懸かっている。
一般に人形は人の形を持つが故に人の心の鏡となり得る。このときの<人形の心>は、作者が人形に与えた個性とそれを見る者の心との相互作用の結果として生じる。だからこそ、人形の視線が彼方の空間を向いているような場合でも、我々はそれに自らの心を重ね合わせて様々な情感を感じ取ることができる。
しかし、人形に物語を演じさせるためには、それだけでは不十分である。この無言劇の舞台では、少女人形は「女優」として自らの意志を、孤独を、葛藤をその表情によって表現しなければならない。そのような造形を可能にするためには、どれ程の力量が必要か、ここで敢えて述べる必要もないだろう。それは、この作家だから実現できたことなのだ。
彼女はドラマを構成する各シーンを撮影し、一枚一枚の写真を美術作品として仕上げていく。そしてそれらの総体が一つの「作品」となる。 ...ここで、我々はハンス・ベルメールの人形写真集を想起することができる。ベルメールの『人形』と『人形の遊戯』とは、いずれも球体関節人形を「モデル」とした写真集である。個々の写真が美術作品として成立すると同時に、その総体が一つの作品としてベルメールの世界観を表現する。彼の写真集は、ただ欲望に任せて撮影した写真の寄せ集めなどではない。制作過程での曲折はありつつも、常に明確な創作意図に基づいて制作されたものである(4)。
さて、緋衣汝香優理が人形を用いた二次元作品を意識的に制作し始めたのはいつ頃からだったのだろうか。彼女は1993年の個展「七つの封印」に関する文章で次のように述べている(5)。
初めての京都展である。
人形の方は1991年の東京展に小さなラグドールを3点加えたのみであったが、
此の頃から3次元である人形をもう1度2次元上に引き戻し、
世界観を限定する事に熱中し始めて居た為、
ドローイングや写真をモノクロコピーしたものに加筆したものなど
数点の平面作品が加わった。
この文章から、彼女が既に1990年代の早い時期からベルメールの表現手法(6)と同様の試みを実践していることがわかる。そして彼女の到達点は、彼女のWebサイト"CHANGES"(7)の2002年と2003年の各 "INDEX PHOTO"で確認することができるだろう。その者(人形)の宿命すら想起されるような陰影のある表情。人間の複雑な心理の襞さえも表現する高度な人物造形。それらに見られるのは、ベルメールとは異なる日本的な人形表現の一つの到達点である。
以上のことから、緋衣汝香優理はベルメールの<表現の方法論>を受け継ぐと共に、ベルメール以降の球体関節人形の新たな可能性を切り拓いた、と評することができるだろう。
以上、写真集"DEJA-VU"を中心に緋衣汝香優理の作品について論じてきた。この写真集の素晴らしさは同名のCD-ROM版写真集によって十分知ることができる。ただ残念なことに、現在のCD-ROM写真集では、制作当時のPC技術の制約から解像度の低いMPEG-1形式の動画が採用されたため、各写真のディテールを見ることができない(8)。この作品の全貌が、鮮明な印刷による書籍版写真集として我々の前に姿を現す日を心待ちにしている。
[註]
(1) 東京渋谷アートスペース美蕾樹における個展「DEJA-VU」(1999年)
(2) CD-ROM (Photos and Video Clip) "DÉJÀ-VU" (Doll and Photo by Kayuli Hiina, Video by Shin Uchino, Music by U'ran Nagai) (STUDIO SHIN, 2000.12.24)
(3) 1999 Show "DEJA-VU" at Art Space MIRAGE in Shibuya, Tokyo (in "CHANGES")
(4) この主張は、ベルメール作品における彼の<欲望>の重要性を否定するものではない。
(5) 1993 Show 「七つの封印」 in "MukasiNingyo AOYAMA/K1" at Kyoto, Japan (in "CHANGES")
(6) ベルメールは、『人形の遊戯』においてモノクロ写真に手彩色することにより独特の効果を出している。
(7) "CHANGES"(http://www.ne.jp/asahi/kayuli/hiina/)
(8) 「季刊エス」 第4号 (スタイル/飛鳥新社, 2003.10.1)に掲載された数枚の作品を見れば、それらが美術作品として高い水準を示していることが確認できる。