ハンス・ベルメール:日本への紹介と影響

− 球体関節人形を中心に −


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ベルメールの影響 − 若月まり子


若月 まり子 (WAKATSUKI, Mariko)

 若月まりこは、ハンス・ベルメールの影響を受けた日本の人形作家の中では極めて特異な位置をしめています。

 第一に、初めて見たベルメールの人形作品が人形の実物(立体)であったこと(1)。第二に、彼女の作品が、ベルメール的な要素の全くない大衆的な「妖精人形」であるということです(※決して否定的な見地からそう評しているわけではありません)

 しかし、その一方で画家への夢も捨て切れず、27歳の時、思い切ってパリへと旅立ちます。
「美術館を巡る、ただもう、それだけのための旅行でした。このままファッションデザイナーになっていいのかという疑問と、まだ絵描きになりたいという思いに決着をつけたくて」
 そして、異国の地フランスで、若月さんはハンス・ベルメール(ポーランド、1920〜75)の人形と出会います。
「衝撃でした。絵の中でしか、人物は表現できないと思っていたんです。立体というと、ロダンの彫刻のイメージぐらいしかなくて(笑)。あんなふうに人形として立体で表現するということにすごく驚いて。これだったら表現手段として使えるんじゃないかと」

 彼女のケースをどのように理解するか。――もちろん、あくまでも個性の問題であるとして、この問いを回避することも可能ですが――、彼女の存在こそが日本的なベルメール受容の特徴を、いわば逆照射しているように思われます(2)

 すなわち、ベルメールの影響を受けた他の日本の人形作家の多くは、ベルメールの人形写真集を通じてベルメール的な作品世界を受けとめたわけです。

 このことは何を意味しているでしょうか?

 私は次のように考えています。

ベルメールの人形とはいわば「モデル」=「素材」であり、彼の人形作品は写真という表現手段によって初めてその具体的なイメージを与えられるものである  <文献>参照)

 それ故に、彼ら(日本の人形作家たち)はベルメールの芸術を真正面から受けとめることができました。しかしそれと同時に、彼らの多くはベルメールを「人形師」であると了解し、彼の人形写真による衝撃を様々に消化しながら独自の人形を模索していったのです。


(1) おそらく、ポンピドゥーセンター (Centre Georges Pompidou)の展示を観たものと思われます。
(2) 彼女のケースと四谷シモンのいわゆる「ベルメール・ショック」との共通点を探ることも興味のある課題です。


2003年8月6日更新 (2001年7月21日公開)
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