ハンス・ベルメール:日本への紹介と影響

− 球体関節人形を中心に −


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ベルメールの影響 − 四谷シモン


四谷 シモン (YOTSUYA, Simon)

[1965年(引用者注)]
春、大岡山の古本屋で宇野亞喜良表紙の雑誌「新婦人」に遭遇、そのなかでハンス・ベルメールの人形の写真を見、衝撃を受ける。雑誌を見てすぐ部屋に帰り、部屋にあった人形と材料をすべて捨てる。(その記事「女の王国」は澁澤龍彦が執筆)。ベルメール風の関節人形を作りたいという思いと、ベルメールの亜流にはなりたくないという思いで悩み始める。
シュルレアリスムに傾倒し、澁澤龍彦の著作を読み始める。

「四谷シモン 人形愛」展図録, (「四谷シモン展」実行委員会,2000),p.201.  [プロフィールより]

 僕も将来、人形をやっていくとしたらやっぱり工芸の最高峰をめざそうと思っていた。  −(引用者による中略)−  あっちこっちの人形の先生の門を叩いた僕ではあったが、つねに挫折に取りつかれていた。まるで夢遊病者のようであった。
 人形とはなんぞや、人形とは一体何なのだと、それが知りたく、しまいには新聞紙に筆で人形、人形と来る日も来る日も書き続けたことがある。これを続けることによって何か答えが出るのではないかと、つきつめた考えを当時は持っていた。  −(引用者による中略)−
 当時、僕のうちでは幼いなりに何らかの人形観は出来上がっていた。しかしこれという決定打には出逢ってなかった。何ゆえ自分は人形なのだろうか、という疑問と、しかし人形とはこういうものではない、もっと何か違うものを、と日々さがし求めていた。その頃はもう十八かそこいらになっていて、一時歌い手になりたくて一年ばかり歌手の真似ごとをして、ドサ廻りをした。ところが、それが無理となって体をこわして大手術をする結果になり、僕の青春は体もカラッポなら頭もカラッポのさみしい結末を迎えていた。
 そんなある日、神が誘ってくれた大岡山の古本屋で手にした本の中に一枚の写真を発見した。それは顔が混じった、ひとがたらしきもの、生まれて初めて見るもの、僕はその奇妙なひとがたを凝視していた。これは一体全体なんなんだろうと妙な気持ちになっていった。その説明書きの文章に目をやると、そこには見なれた人形という字が書き込まれていた。いや、見たこともない関節人形という字が、痙攣という言葉もあった。スパスムといっていた。ベルメールという人の作品だ、人形だ、痙攣だ、ハンス・ベルメールだ、その書き手が澁澤龍彦という人だ。僕は瞬間すべての謎がとけた。僕の人形論はこなごなに打ちくだけていった。心は空白になり、次に充満になり、それが交互にくり返してきた。
 僕はようやく見つけた。人形とは人形であることを。僕は古本屋の隅でそれを手にしながら澁澤龍彦という運命の光をあびていた。

四谷シモン「人形」(「太陽」 No.358,平凡社,1991,p.80.)

 二十代の頃から北鎌倉にお邪魔し、澁澤さんに魂の洗礼をしてもらった僕は、自分の作る人形の方向が、澁澤さんによって決定づけられたと思っている。エロティックなハンス・ベルメールの人形は日々、熱に浮かされたように思いつづけたし、ピエール・モリニエの人形に魔的な病を感じ、ギリシャのタナグラ人形から、ジャック・ドロスの自動人形まで、それこそ人形の夢を人工的に見つづけた。僕は澁澤さんを知る事によって人形とは人形であるという、単純明快な、大いなる答えに辿り着けた。

四谷シモン「天使」 (澁澤龍彦展図録「澁澤龍彦を求めて」, 編集=美術出版社「季刊みづゑ」編集部,1994,p.68-69.)

少女コレクション序説
澁澤龍彦『少女コレクション序説』
(中公文庫,1985)

澁澤龍彦の書斎
澁澤龍彦の書斎
「太陽」 No.358,(平凡社,1991),p.14-15.

 澁澤龍彦家の「娘」として有名な四谷シモンの少女人形は、1985年に出版された澁澤龍彦『少女コレクション序説』の表紙と巻頭の口絵に登場しました。この書物には、「少女コレクション序説」、「人形愛の形而上学」、「ベルメールの人形哲学」、「ファンム・アンファンの楽園」など、ベルメールに言及したエッセーが数多く収録されていますが、そのほとんどは1974年刊の『人形愛序説』からの再録です。この本の意義を今から見るならば、四谷シモンの人形作品を文庫本に収録して広く紹介したという点が大きかったと言えるのではないかと思われます。
 それにしても、この少女人形は、澁澤のエッセーの内容に実に合っています。...と言うより、この人形は、澁澤の説に則して制作されたものではないでしょうか?

 本書の巻頭におさめた口絵は、一九八二年に制作された四谷シモンの少女人形である。八二年二月の銀座青木画廊における展覧会に出陳された後、北鎌倉のわが家にはこばれ、わが家の「娘」となって現在にいたっている。

澁澤龍彦『少女コレクション序説』(中公文庫,1985),p.207.

* * *

 四谷シモンと知り合ったのは六〇年代の半ば、まだ彼が人形師として出発していないころで、最初は画家の金子國義がわが家につれてきたのだった。二十歳そこそこの若さだった。十八歳の時本屋の店頭でハンス・ベルメールの人形の写真を見て啓示を受け、ひそかに人形師たらんとする決意を固めたというシモンは、同じくベルメール好きの私と、どうしても人生の途上で遭遇しなければならない運命にあった人物といえるであろう。

同上書,p.208.


[コメント]

(準備中):「ベルメール・ショック」と四谷シモンの初期の傑作(私見)について書く予定です。
2003年8月6日更新 (2001年7月21日公開)
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