ハンス・ベルメール:日本への紹介と影響
− 球体関節人形を中心に −
ベルメールの影響 − 槙宮サイ
槙宮 サイ (MAKIMIYA, Sai)
槙宮サイは、 2004年の12月に初個展「SILENCE STORY」を開催した新進の作家であり、人形制作開始以前にベルメール、四谷シモン・土井典、吉田良・天野可淡らの作品との出会いが可能であった世代に属します。この世代の作家の場合、ベルメール経験を経由しないで人形制作に入るケースも有り得たと考えられますが、その中にあって、彼女はベルメールとの出会いを自覚的に表明していました。このような観点から、これまで主としてWebサイトの情報を通じて彼女の活動に注目してきました。そして、今回の個展を期に下記のアンケートをお願いしたところ、詳細な回答をいただくことができました。その内容(私信の一部)を以下に引用します。快く引用を認めて下さった槙宮氏に深く感謝いたします。
[質問]
(1) 槙宮さんの名前を知ったのは以下のページででした。
http://www.artler.com/sai-dollcity/
ここで、「幼少時、ハンス・ベルメールや天野可淡の作品に出会い、衝撃をうける。」とあるのですが、この衝撃とは具体的にはどのようなものだったのでしょうか?
(2) また、ベルメールと可淡とでは、その衝撃の質は同じだったでしょうか? それとも異なるものだったでしょうか?
(3) 槙宮さんの作品にはベルメールを明確に意識した表現をとっているものがあります。槙宮さんから見たベルメール、そして彼の人形とは、どの様な存在でしょうか? あるいは端的に、ベルメールとは何者だったのでしょうか?
(4) 槙宮さんの今目指している表現は、ベルメールや可淡と比較すると、どのように位置付けられますか?
Blaue Katze(私信, Mar./13/2005)
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[回答]
(1)衝撃
私の中で最も古い「球体関節人形」という存在を目にした記憶は、お恥ずかしながら小学生低学年の頃読んでいた漫画の中の1コマでした。
ベルメールの胴体と頭部のみにキャミソールらしき下着をざっくりと着させ、俯きつつも振り返っている後頭部のない写真を模写したものでした。
見た瞬間何かこう、胸の中に腕を差し込まれるような暗く重いけれど仄かに甘美な衝撃が、そのページだけ何度も見返すほどに私を惹きつけました。
今思うに、初めて自分の中に秘める「暗部」と、ぴったりと共鳴するものに出会った驚きと喜びでしょうか。
それまで身の回りに溢れていた、煌びやかな「明」の表現物ではないモノ。
心に潜む暗い衝動もまた一つの真実であり、私はその暗部への興味を噴出させる糸口に出会った感動を覚えました。
天野可淡に出会った時も同様ですが、細かな違いについては(2)へ。
(2)ベルメールと可淡の衝撃の違い
天野可淡との初めての出会いは、確か中学生のときに見た「悪徳の栄え」の中だったように覚えています。
吉田氏と共に制作協力をなされていたようですが、私を惹きつけたのはオープニングだったか、金髪に赤い着物風の衣装を纏った少女人形でした。
その後しばらくして知人から写真集を頂いたのですが、この時もまた当時美術部に所属していた私は油絵で模写をするなどの熱中ぶりでした。
基本的な衝撃の質は、ベルメールと同様に己の内の「暗部」への共鳴共感ですが、可淡についてのものに言及しますと、彼女の作品はより「少女」が等身大の「自分」の反映として表現されていたように、私の中の少女となんら違和感なく結びつき、リアルにそしてより細かなディティールの「少女の悪夢」的な世界へ誘われる快感を覚えました。
(3)ベルメールの存在、私に於いてのベルメール
私はベルメール評などに目を通している訳ではないので、とても稚拙でそして独断的な意見になってしまうのをまずご了承下さい。
彼の作品はもちろん人間ではありえないパーツの組み換えなどが特徴的また代表的です。
アナグラムの様に、パーツの再構成という面白さと共に、ありえない組み合わせであるからこその「パーツへのクローズアップ」が彼の作品にはあるのではないでしょうか。
それは普段意識しないパーツへのアプローチ。
それ自身の有する魅力。
フェティシズムとも言えるかもしれません。
そしてまた、そういったフェティシズムをアート作品として確立している絶妙さ。
今なにかと「猟奇的」なものや「病的」な作品が持てはやされていますが、その数多ある作品の中で彼の作品が私にとって格別の位置にあるのは、大衆を前提としたアートであると同時にそれがベルメール個人の絶対の真実の感情であるのを感じるからです。
大きなくくりの話になってしまいますが、表現活動というのは根底に「愛」を置くものであって欲しいと私は思っています。
その形はどうあれ。
少なくとも私は、あの彼のエロティックでフェティッシュな表現で模られた作品の中にそれを感ぜずにはいられません。
その対象が誰だったのか。
ウニカ・チュルンか、はたまた人形そのものか、あるいは自分自身への愛なのか。
ベルメール、私にとって彼は「何者かを愛したい人」なのではないかと思っています。
私もそうであるように。
(4)自分自身の目指す表現、ベルメール・可淡との位置関係
まだまだ制作歴の浅い私ではありますので、今後どういった表現活動をしていくか、それはその時々によって変化していくものだと思っています。
ただ、今現在の私の想いとしましては、「技術的な表現」につきまして申しますと、過度の装飾演出を用いずにシンプルなモノでありたいと考えています。
展示する際の衣装やディスプレイについてはまた変わってきますが、人形本体においては極ノーマルなボディに感情表現の著しくない頭部、それらの中でどれ程の情感が出せるのか、私はそういった表現を模索している只中です。
人として滞りない日常を送るには、日々それと知らず何かを抑圧し、また磨耗していきます。
その取り残された想い・感情を形として再生し、そして愛しむ。
それが私の表現の源です。
それらは度々、哀しいものであったり寂しいものであったり怖ろしいものである事があります。
ベルメールや可淡の表現したそれらと、私の表現するものが、どういった違いが出ているのか、表現する言葉を持ち得ずに制作に想いを込める私ですので、位置関係についてはむしろ見て頂いた方々のほうが的確に捉えられているのではないでしょうか。
槙宮サイ(私信, Sep./12/2005)
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彼女は、これらの質問の中で特に第4の質問に悩んだそうです。確かに、制作という手段によって未知の表現を追究する表現者に対して、この質問は不適当であったと反省しています。この質問に対する彼女の回答の最後の文章は「あなたには、どの様に見えますか?」という問いかけであると、私は受け止めました。
[コメント](暫定版)
彼女の人形をどう表現すればよいだろうか? 何かを回想するような儚げな表情。見る者を見つめ返す憂いを湛えた眼差し。
独特の憂愁と抒情。これらは、例えば夢二の描く女性像、あるいは朔太郎や拓次の詩に寄り添うように登場する清楚な女性の風情に似ている。しかし、それだけではない。同時に感じられる、何か「内臓的」ないし「子宮的」とでも言うべき濃密な情感の密度。
このような作風が明確になってきたのは、2002年制作の「狭間」(ハザマ)と「諸刃」(モロハ)の二作品の頃だろうと思われる。そして、今また彼女は少しずつ変わろうとしている。2004年の「雨音」(Amane)、2005年の「娑羅」(Syara)では、彼女の回答にある「感情表現の著しくない頭部、それらの中でどれ程の情感が出せるのか」という模索を行っているように感じられる。
ベルメールと比較したときの槙宮サイの特質とは、人形に「情感」を与えようとする意志であると思われる。一方、少なくとも男である私がベルメールの人形から感じるのは、欲望を潜めた「唯物論的」な眼差しである。そして、男の愛欲に付随する暴力性が、彼自身の当初の制作意図すら乗り越える程の強度を持って蠢くプロセスである。いずれにしても、ベルメールにとって彼の人形は、直接的には彼の分身ではなく、情感を付与する対象ではなかった、と私には感じられる。
槙宮サイがベルメールの作品に見出した「愛」とは、坂崎乙郎の言うベルメールの「妻への愛」と同質のものだろうか? 彼女の視点を理解できた時、(それには、まだ時間が必要だと思うが)、当サイトのテーマにとって重要なヒントが得られるに違いない。
2005年12月1日公開