ハンス・ベルメール:日本への紹介と影響

− 球体関節人形を中心に −


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ベルメールの影響 − 伽井丹彌


伽井 丹彌 (KAI, Akemi)

 伽井丹彌は、ベルメール作品との出会いを重要な契機として人形制作を開始しながらも、ベルメールとは異なる独自の地点に立っている人形作家という点で、当サイトの主題にとって重要な存在です。

伽井が人形の道に進むおおきなきっかけはハンス・ベルメールの画集との出会いであった。それを機に上京し四谷シモンが主宰する「エコール・ド・シモン」に半年間在籍、人形制作の基礎を学んだのち、帯広で独学で制作を続けてきた。

 彼女については、以上のような情報から断片的にではありますが、ベルメールの影響の事実を確認することができました。しかし、「ハンス・ベルメールの画集との出会い」がどのようなものであったのか、その具体的な内容については知ることができませんでした。その後、彼女の公認サイト「伽藍」(Garan)に開設されたBBSで直接質問した結果、伽井氏から回答をいただくことができました。その内容(私信の一部)を以下に引用します。快く引用を認めて下さった伽井氏に深く感謝いたします。

おりしも先日届いた「DFJ」の特集は宇野亞喜良でした。
 
多分ごく普通の内向的少女であったろう私は、友達の影響で詩を書くようになり 
当時出版されたフォアレディースの本で寺山修司を知り 宇野亞喜良を知りました。
「宇野亞喜良の世界」という本を入手し、少女向けではないエロティックな世界に魅惑され
その絵を真似て詩画集のようなものを(ガリ版で)作ったりしていた高校時代です。
高校卒業記念に上京し原宿駅で目にしたのが 四谷シモンの人形教室の広告パネルで 
創作人形の存在さえ知らなかった私はそこに釘付けになりました。
アンティックドールのブームもあり雑誌などでも目にすることが出来るようになっていた時期で 
実物の人形に始めて出会えたのは 札幌の「人形屋佐吉」でした。
 
「人形」というモノの存在意義や魅力について語ることは 敢えて省きますが
その時点で可能であるならば所有し、コレクターになっていたのかも知れません。
自分が人形を作れるとは思えず 又 人形教室に通うために上京することも 当然親に反対され
押し切るほどの勇気も意欲もなく 「憧れ」として人形がありました。
何年か過ぎ モダンダンスでソロを踊る機会があり、「自分探し」をしました。
そこで 浮かんだのが「人形」であり 人形をテーマに自作の人形を胸に踊りました。
稚拙な技法にいらだちながらも それまでとは違う人形作りに挑んだことで
より明確に 人形を作りたいと思いました。
 
そして、まさにその時 「ハンス・ベルメール写真集」に出会いました。
 
何か自分の中で つながったような気がしました。
魅惑されていた「エロティック」な世界と「人形」が 形となって目の前に出現し
こんな事やっちゃっていいんだ とか こんな事やってる人がいたんだ という驚き。
「人形」という表現手段はもとより 圧倒的なその世界観に衝撃を覚えました。
「夜想」も「美術手帳」も「芸術生活」も入手したのは その後のことで
始めての出会いが あのずっしりとした写真集だったのは 逆に良かったと思えます。
 
プライベートなことですが、その頃 交通事故に遭い生まれて始めて「死」を意識した時でもありました。
やりたい事をやらなければ と痛烈に思い 何か切羽詰った気持ちで 人形作りを始めました。
わたしの人生の転機となった1984年のことです。

伽井丹彌(私信, Sep./15/2003)

 彼女にとってハンス・ベルメールとの出会いがどれほど重要であったのか、この真摯で、そして美しい文章から明瞭に感じ取ることができます。また、その出会いにおけるベルメール写真集の役割とは、人形による表現の可能性を彼女に示して人形制作の道に導いた、いわば「触媒」ようなものであったと言えるかもしれません。


[コメント](暫定版)

   伽井丹彌の人形は我々の前で「自立した他者」として存在する。とは言っても、彼女の人形に感じられるのは、個別的な実存とか先鋭化した自我とかではなく、まるで集合的無意識の海から姿を顕わし、その波打ち際に立って足を浸しているような精神的存在である。そして、彼女らは男には決して解けない謎を秘めながら微笑みを浮かべているように感じられる。

 彼女の人形を「論理」によって評することは極めて難しい。彼女の作品を見たときの己の心の動きを走査する以外に方法はないかもしれない。彼女の作品を見たときに私の心に生まれるのは、欲望の疼きと何か得体の知れない畏れのような感情である。そして、その対象は、人形自体と言うよりは、人形が纏う「気」のようなものである。


2003年9月23日更新 (2001年7月21日公開)
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