ハンス・ベルメール:日本への紹介と影響

− 球体関節人形を中心に −


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(5) 断章2

日本の人形作家の作品を見たときの短い感想とか、まだ形になっていない考えのかけらのようなものです。
ちなみに、いろいろな架空のイメージを援用していますが、詩のつもりで書いているわけではありません。

* * *

KATAN DOLL −天野可淡−

可淡の人形たちは、存在することの「痛み」をじっと見つめている。その痛みが、しばしば哀しみを、あるいは時としてかすかな希望を伴うことがあるにせよ、それが、可淡が人形たちに分け与えた彼女の実存なのだ。

 

思春期 −堀佳子−

少年が、自らの身体の底から沸き上がる狂おしいまでの欲動に翻弄され、時として苛立ち、あるいはたじろぎながらも、それを飼い慣らすための闘いに明け暮れていたとき、聡明な少女は、深く冥い湖のような薄闇の心の底で、じっと自らの「いのち」の形を見つめていたのかもしれない。そして、そのときの彼女の眼差しは、後に彼女が生みだした人形のそれに良く似ていたかもしれない。

 

理科室 −吉田良−

少年は、理科室の秘密の棚に、彼の宝物を隠している。 それは、ばらばらにされた、少女の、人形。 その姿は、初恋の少女の面影を取り込んだ彼のアニマ。

 

西洋館 −緋衣汝香優理−

そこに、少女は一人で住んでいた。
もう、200年の間。
 
寡黙な人形師は、彼女が幻視したドラマを人形たちに演じさせる。
 
少女の孤独が、彼女の「影」に姿を与え、そして、
「影」は自分自身を得るために、自らの分身を殺害する。
...そうして、一人になった時、彼女は気付くのだ。
彼女が得た自分自身とは、永遠の孤独そのものであったことを。

 

すぐり 赤い着物の少女人形 −吉田良−

その人形は幼さの残る少女の姿と、そして男の目と意識を持っている。
そうして、それは、カメラの前で少女としての自分を演じる。
...かつての少年は、一枚の鏡としての人形を創り、
そして、もう一枚の鏡としてのカメラをそれに向ける。
その合わせ鏡の無限の反映の中に彼が待ち望むもの。...
それは、遠い過去に失われたもう一人の<彼=彼女>の姿。

 

末裔 −緋衣汝香優理−

太古からの闇の知の 美しき継承者。
彼女の微笑を見た男はいない。
あるいは、いたとしても、
その男の眼が開くことは、もはや無い。

(for the 2002 Index Photo in her web site "CHANGES")

 

地母神の微笑 −伽井丹彌−

彼女は、自らの身体の深奥からその属性を導き、
人形に析出させた。

生成と消滅の循環を司る女神の眷属。
男たちが心の底から欲望しそして畏れる者。
男たちを慈しみ、時として喰らい殺す者。

 

人形愛? −四谷シモン−

男の欲動は「機械」の配管を流れる。その機械は、男がイマジネーションの力を借りて必死の思いで作り上げたそのままの不格好な形をしている。その中では、イメージの力が配管内の流れを統御する。
...そして、その支配を回避できるのは、自ら「人形」になることのできる男だけである。

* * *

ごく粗い分類をするならば、女性作家の少女人形は彼女自身の分身であり、男性作家にとってのそれは彼の欲望の対象を映すものである。しかし、シモンの人形はそのどちらにも属さない。シモンの人形は、「人形」であるシモンの、その分身なのだ。彼の創った「イヴ」は女形役者としての彼の似姿であり、澁澤龍彦の書斎に棲みついた「娘」は、澁澤の近くに居ることを願ったシモンの分身なのだ。

 

蛹(さなぎ) −恋月姫−

美しく無垢な表情に重なり合う 甘い媚態の気配。
霊性を宿し始めた巫女の蛹、あるいは幼年期のファム・ファタル。

 

「木枠で出来た少女」 −四谷シモン−

物静かに佇む清楚な少女の姿。
その瞳には、明瞭な意識の徴しが宿り、 未だ言葉に成らぬ思いを、視る者に語りかけようとする。

だが、彼女の躯は、そのなだらかな曲面を覆う皮膚を剥ぎ取られ、 固い無機質の幾何学的構造を顕わにする。

そして、
彼女を視る者の視線は、たとえば、断続する痙攣の発作のように、 少女の「生」と「死」の間を、絶え間なく揺れ続ける。

 

満ち潮 −伽井丹彌−

その夜、彼女は波の中から姿を現す。
集合的無意識の海の 原形質の波。
彼女は蠢く海の水に足を浸しながら、我等を差し招く。
頬笑みを浮かべる彼女の「領域」:
生暖かく、湿り気を帯びた 永遠の闇へ。

 

聖少女 −四谷シモン−

聖性とは異界の者の属性を謂う。
少女とはその異界に通じる特異点を肉化した存在である。

かつて、その通路を開いた少女たちが居た。
そして彼女もその一人なのかもしれない。

彼女。... 聖        アリス。

(四谷シモンの失われた初期の傑作のために)

 

 

少女の寓意 −山吉由利子−

床に転がる首の無い玩具人形。
夜中に起き出した少女は異界の欠片(かけら)を嘔吐する。
彼女の名はアリス。 (孕んだアリス。)
 
凍結した時の中に佇む少女にはその男が見えない。
そして男は、彼女に触れたくてもそれができない。
彼女と男とはおそらく異なる位相にいる。
 
作者は愛らしい少女の微笑みを浮かべながら謎をかける。
少女であるか少女であった者にしか解けない残酷な謎。
それに魅入られた男は、その寓意の空間を永遠に踏み迷う。

(「球体関節人形展」にて)

 

自画像 −土井典−

おのれの身体に宿る禍々しく聖なる力、
全てのものを産み出し破壊する力を確かに感じながら、
それでも、それへの戸惑いと違和感を持ち続けてきた
かつての少女の自画像。

(「球体関節人形展」にて)

 

眼差(まなざし) −天野可淡−

生きることの残酷さの中に置かれた幼い者たちの眼。一瞬の表情。 それを哀しげに見つめ、愛おしく包み込もうとする女の眼差。

(「球体関節人形展」にて)

 

 

見えない月 − 槙宮サイ−

少女の闇が産み落とした有翼の者。それに少女は彼女の<詩人>の名の一字を与えた。
 
意識を持つ命すべてに宿る存在の闇。見えない月。
それを視る者は多くはない。そしてそれを形象化できる者は遥かに少ない。...

 
そして、いつしか<それ>は美しい少女の姿へと羽化し、一つの言葉を覚えた。
 
「何故(なぜ)?」
 
... <それ>は少女の声にならなかった問いを宿して生まれてきたのだろうか?
 
「何故、あんなに哀しい表情(かお)をしていたの?」
「何故、何も言ってくれなかったの?」
「何故...」

(「槙宮サイ 球体関節人形展」にて)

 

永遠の蛹 −秋山まほこ−

蝶の幼虫は蛹の中で原形質に還元され、やがて成虫へと再構成される。

蛹の殻を満たす原形質の海。夢すら見ない蝶の深く冥い眠り。そして、羽化した蝶は何の記憶も持たない。

だが、少女はその形のまま成長する。

連続する心と体の時の流れの中で、大切なものを記憶の中に置き忘れても、時は待ってくれない。

軋みながら成態への変容を始める身体に、少女は慄き、そこから逃げ出すことを願った。

そして彼女は見つけたのだ。

人形は少女の蛹の殻。
ただし、幼態の形を留めたまま羽化することのない永遠の蛹の。
そして、大切な記憶とともに永遠(とわ)に暮らすために、少女の願いが創り出した精神の結界の。

印画紙の力を借りて自身の世界の時を止める術を教えてくれた魔術師たち。

だが、彼女にはもうその必要はない。

彼女は永遠の少女として写真の中の時を生きることが出来るのだから。

 


2007年3月11日更新 (2001年7月28日公開)
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